格闘技・武道

大道塾塾長・東孝先生との思い出/空道を通じて培ったもの

大道塾「空道」塾長・東孝先生のイラスト

2021年(令和3年)4月3日14時35分、大道塾空道の創始者であり塾長の東孝先生がお亡くなりになった。(享年71歳)

昨年の夏から胃がんにより闘病をされていたとのこと。

私が大道塾の寮生だったのは2009年~2012年の3年間。卒寮後もずっと、たいへんなお世話になっていた。

この記事では、東先生のご経歴を簡潔に紹介した上で、私なりの東先生との思い出や印象を書いている。

東孝先生のご経歴

大道塾「空道」塾長・東孝先生

画像引用元:Daidojuku – 打撃系総合武道 大道塾

東先生は極真空手のご出身で1977年(昭和52年) 第9回全日本空手道選手権で優勝。

その後、ルールの縛りを限りなく取り払った本物の実戦空手を作りあげるため「格闘空手」大道塾を設立。

打撃(顔面パンチ含む)、投げ、やがては寝技も含めたほぼ何でもありの武道として発展し、それに伴って「格闘空手」は名称を変え「空道」に。

現在、空道は日本やロシアを始めとして全世界50カ国以上に普及している。

日本国内にも100ヶ所以上の支部や同好会が点在。

Daidojuku – 打撃系総合武道 大道塾

東孝先生に対する私の印象の話

東先生は、月並みな表現になってしまうかもしれないが、どんな人に対しても分け隔てなく接する方だった。

しかし私の場合は違う。

  • 目下の人間
  • だらしない人間

そんな相手と接する時、どうしても見下すような気持ちを抱いてしまうことがある。自分のことは棚に上げて。

しかし東先生にはそういったところが微塵も感じられなかった。それが私の印象。

飲みの席にご一緒した回数はおそらく100回は超えると思う。東先生はどんなに末端の道場生であっても話かけにいき、交流を図られようとする。

あそこまで知名度も名誉もある方が、そのように寛大であられるのは凄いことだと常々思っていた。

東孝先生との思い出

私が大道塾に入門したのは2007年の春。

池袋にあるイラストの専門学校に入学した時のこと。

これを機にずっと興味を持っていた格闘技を始めようと思い、池袋周辺の格闘技・武道を調べまくった。

「頭突き・金的・肘打ちあり」という部分に物凄く惹かれたのを覚えている。

やるからには実戦性の高い格闘技が良いと思っていた。

ここしかない!とほぼ迷いなく空道を選んだのだ。

初めての飲み会

入門後、初めて東先生にお会いするまで時間はかからなかった。

ある日、道場へ稽古に行くとエアロバイクを漕ぎつつ新聞を読んでいる、ゴツい男性の後ろ姿が目に入る。

当時の道場は、入ると一般の道場生も利用するウエイトトレーニングルームが広がっていた。

まさかそこで組織の長が、普通に筋トレしているとは思いもよらなんだ。

ビジネスマンの道場生の方かなと思い、挨拶をしようと近づく。

するとネットや雑誌でしか見たことのなかった、あの東孝がそこにいるではないか。

  • 私「お…押忍!はじめまして、内田と申します。最近入門しました。」
  • 東先生「おう、そうか。(武道や格闘技は)何かやってたのか?」
  • 私「いえ、空道が初めてです」
  • 東先生「そうか。頑張れよ」

それから2~3週間ほど経った後、今度は飲みにさそって頂いた。

東先生は時折、突発的に飲み会を開かれることがあったのだ。

そんな時、練習に参加している道場生に声をかけては連れて行ってくださることがあった。

割と頻繁に練習に参加していた私にもお声がかかったのである。

  • 「お前練習頑張ってるらしいじゃねーか」
  • 「押忍、週3回ほど参加させて頂いてます!」

自分のことを覚えていてくれたんだ…!」そう思って嬉しかったのを今でも覚えている。

全日本大会優勝の時のお言葉

専門学校を卒業した後、しばらくして私は大道塾の総本部道場・住み込み寮生となった。2009年9月のこと。

寮生とは

道場に住み込み、最低でも5~6時間の稽古を義務として空道の修行に3年間励む。大会で結果を残し、空道の普及に務めることを目的とするのだ。

たいていは1年…2年…と修行を重ねる内に大会で成績を出せたりする。しかし私の場合は鳴かず飛ばずだった。3年目の春までは。

2012年5月13日、初めて全日本大会で優勝することができたのだ。

  • 漫画家を挫折
  • 要領が悪い
  • 仕事もろくにできない

このような感じで、自分に価値を全く見出せなかった当時のことだった。

優勝してやっと努力が報われた…。そう感じた。

東先生「まさかお前がモノになるとは思わなかったよ」

大会後にそう言って頂き、本当に嬉しかった。

空道を通じて培ったもの

2014空道アジアカップでの塾長と選手団

2014空道アジアカップでの集合写真

画像引用元:一般社団法人全日本空道連盟

あれから10年ほど。

  • インドでのセミナー
  • ウラジオストクでの国際大会
  • 第4回世界大会

様々な出来事があった。

しかし、空道の選手生活が終わって時が経つに連れ、私自身の心境が変わってきていた。

空道の修行よりも、

  • どうやったらお金を稼げるのか?
  • どうやったらもっと仕事がうまくいくか?

そんなことで頭がいっぱい。

  • 空道を頑張ってきたことなんてビジネスでは何の役も立たない…
  • あの時、漫画家としての道を進んでいれば今頃きっと…

そんな風に考えたこともあった。

うまくいかない現実で沈み込みがちなメンタルをなんとかしよう…

そう考えて心理学やビジネス書を読み漁ったり。

  • 科学的に裏付けられた思考法
  • 落ち込まないための生活の仕方
  • モチベを維持するための行動学

武道家らしからぬ、とにかく苦しい思いを避けようとしていろんな逃げ道を考えた。

しかし、東先生がお亡くなりになる直前に寄稿されたという記事を読んでハッとさせられる。

「空手、道場を通じて培ったもの」と聞かれたなら、私は真っ先に「“理不尽さ”に腐ることなく、努力を維持し続ける心を身に着けたこと」だと思う。

私は確かに大道塾・空道の寮生であり、東先生の内弟子だった。

ビジネスマンである前に武道家なのだ。

科学だの心理だの思考法だの…。

小細工はいらない。とにかく理不尽な現状があればガムシャラに突進するのみ。

一心不乱にもがけ。その手でこじ開けてみせろ。大道塾・空道の名にかけて。

そう言われているような気がした。

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